
鳥平さんご夫妻
大阪→三次
大阪から三次へ移住して丸4年、Iターンで三次に移住された鳥平さんご夫妻。
「大阪で生まれ育ったので、三次で暮らすことは、まったく想像できませんでした」
オリジナルTシャツやタオル、バッグなどを制作・販売を生業とされるお二人は、笑顔でお話してくださいました。
現在は三次市内の店舗兼工房を生活と仕事の拠点にしながら、大阪とのつながりも残し、必要に応じて二つの地域を行き来しています。
移住したからといって、それまでの仕事や人とのつながりをすべて手放したわけではありません。
仕事は続けながら、暮らす場所を変える。
そんな柔軟な移住のかたちを、お二人は実現しています。
どこに住んでいても仕事ができる
もともと大阪で、PTA広報誌の制作やデザインの仕事を手がけていたお二人。その中で始めたオリジナルTシャツのネット販売も、少しずつ軌道に乗っていきました。
転機となったのはコロナ禍です。
オンラインで仕事が完結する機会が増え、「仕事をする場所は大阪でなくてもいいのでは」と考えるようになりました。
そこに、ご両親の年齢を考え、何かあればすぐに駆けつけられる場所で暮らしたいという思いも重なりました。
「仕事を辞めたり、大きく変えたりしなくても、三次で暮らせるんじゃないかと思ったんです」
大阪の仕事の一部は娘夫婦に引き継ぎながら、ご夫妻は三次へ。大阪と三次をオンラインでつなぎ、必要に応じて行き来する暮らしが始まりました。
都市とのつながりを残したまま、地方で暮らす。
お二人にとって移住は、それまでの生活を一度リセットすることではなく、これまで築いてきたものを生かしながら、新しい暮らしを加えていく選択でした。

空き家との出会いが、仕事の可能性を広げた
三次で拠点を探す中で出会ったのが、現在の店舗兼工房です。
「見た瞬間に、『ここいいですね』となりました」
通りからも見つけやすく、十分な作業スペースがある建物。大阪ではなかなか置くことができなかった大型のプリンターやプレス機も導入できました。
オンラインを中心に全国から注文を受けながら、三次では地域の人が直接訪れ、「1着だけ作りたい」「チームの記念品を作りたい」と相談できる場所にもなっています。
三次への移住は、仕事を縮小するのではなく、むしろ仕事のやり方や可能性を広げることにつながりました。

全国とつながりながら、地域ともつながる
ネット販売では、全国のお客さんに商品を届けることができます。一方、店舗では、商品を手に取る人の顔を見ながら話すことができます。
「こんなものを作りたい」「このデザインを少し変えられますか」
そんな会話の中から、新しい商品やアイデアが生まれることもあります。
スポーツチームや学校、卒業記念、地域イベントなどからの依頼も増えました。
三次での仕事を広げるきっかけの一つとなったのが、女子野球チーム「三次ブラックパールズ」との出会いです。
チームの立ち上げ時にはロゴデザインを提案し、その後もユニフォームやグッズづくりなどを通じて関わりが続いています。
「三次は口コミがすごいんです」
誰かとの仕事が、また次の人との出会いにつながっていく。地域との距離の近さは、大阪のときとはまた違った仕事の面白さだといいます。

三次に来たから生まれたもの
今、お二人が力を入れているのが、三次の魅力を伝えるオリジナルグッズづくりです。
市内の桜やひまわりなど、お気に入りの風景を自分たちで撮影し、ポストカードやタオル、バッグなどにデザインしています。
「三次は本当に住みやすくて、いいところ。全国の人にも知ってもらいたいんです」
三次の自然や風景、ここで暮らす人たちの魅力を、日常で使えるグッズとして届けたいと話します。
「移住する」ことを、もっと自由に考えてみる。
大阪との仕事や人とのつながりを残しながら、三次で暮らす。
オンラインで全国とつながりながら、地域では顔の見える関係をつくる。
お二人の暮らしを見ていると、「移住する」といっても、それまでの仕事や暮らしをすべて変える必要はないことに気づかされます。
仕事を変えずに、暮らす場所を変えてみる。
都市とのつながりを残しながら、地方で新しい暮らしを始めてみる。
広い工房、地域との距離の近さ、そして全国とつながるオンラインの仕事。
三次への移住は、暮らしの場所を変えるだけではなく、「できること」を増やす選択になりました。
今日も三次の工房から、全国へ、そして地域へ。
お二人は今日も、誰かの新しい“ほしい”を形にしています。